「いい感じ」に過ごしたい

岩上 喜実

センスがあるって、何処で分かるものなんでしょう?前回お話しした服装もですが、お話の仕方や会話のキャッチボール、お食事をする場所選びやオーダーする品物、インテリアや生き方など色々なところで人は『センス』を問われているのだと思います。

そして一度『センスがある』と周りに認定された人は少し奇抜なことをしても『センスがある』。周りと足並みを揃えなくても『センスがある』と思われ生きるのが楽なのではと思います。


そのことに気づいた中学生の時、密かにセンスのある人になりたい…と思っていたのですがその道はとても厳しく、難しいものでした。イラストレーターになると決めてからは、イラストに添える言葉が少しでもセンスが良く即座に出てくるように、イラストとエッセイが主体の本も沢山読んで勉強をしましたが、そのいかにも『センス良いでしょ』な雰囲気の言葉と、私のイラストは合わなくて自分でも納得がいきませんでした。
自分らしいって何だろう?と思っている時期、ふとイラストとエッセイがセンス良く気持ちよく読めるイラストレーターでデザイナーの『大橋歩』さんの作品を読んだのです。大橋歩さんは創刊号から雑誌「平凡パンチ」の表紙を飾り、他にも様々な作家さんの表紙を手がけておられる息が長く『センス』の良いイラストレーターさんなのです。そしてエッセイ本も沢山出版しており、その言葉選びのセンスの良さや潔く読みやすく整理された文章が当時自分らしさで悩んでいた自分に「こんな感じよ。」と背中を押されたような本が沢山あったのです。


初めて読む方は挿絵ではなく是非エッセイとイラストを楽しんで頂きたいので、「日々が大切」がおすすめです。一つのテーマが見開きで完結しているので少しだけ空いた時間に読んだり、何処のページから読んでも大丈夫という肩肘張らずに持ち歩ける「イラストエッセイ」の良さが詰まっている気がします。内容は大橋さん自身が日々で大切にしている事柄を、それを知らない方に一つ一つ丁寧に説明をされている文章です。四季折々の贈り物にも、和の心にも、少しだけエコロジーな生活にも、自分らしさに溢れています。私は無理矢理センスを良くしよう、あれこれ考えたかもしれないけれどそれを悟られないよう、さっぱりとお話が流れるような言葉が自分のイラストに合っているのではと思った1冊でした。写真は発売当時のムック本ですが、今は文庫本が出ていますので持ち歩くのにとてもぴったりです。


そしてもっとエッセイが楽しみたい方には「今日のわたし」がおすすめです。働き盛りの30代、40代、50代を過ぎる頃60代目前の気持ちをイラストとエッセイで綴っている作品です。暗い話は全くなく、いつだって「いい感じ」に過ごせるような、そんなヒントが沢山詰まっているのです。いい感じに暮らすことこそが私の中で学生の頃から悩んできた『センスの良い人間』の最高峰と考えていて、誰にも自慢できるお洒落さは私には無いかもしれないけれど、60代になる頃に主人と「いい感じ」に過ごして行けたらいいなと考えるのです。年金が、健康が、気になることは沢山あるけれど、そんな風にボヤッとした夢があるのもいいなと思った1冊なのです。


大橋さんは沢山沢山本を出版されており、ご自身でも色々なものを作っておられます。ですがクリエイトする、という言葉は使われません。クリエイター、クリエイトするという言葉が苦手な私にとって、それも好きな理由のひとつでした。

私の中では、専門学生の頃から絵を描いていたり、デザインをしていたり映画を撮っていたり、服を作っていたりヘアメイクをする人が沢山いました。沢山いましたが今仕事にしている人は1割もいません。その中で今も仕事をしている方はその勉強をしている当時、自分で「クリエイターです」という方は誰もいなかった覚えがあります。クリエイトするという事柄はものすごくハードルが高く何を創作しても誰かの基盤があり、一から作成できるものなどほぼ無いと思っていました。意地悪な私は「クリエイターです」という方を「わぁ、すごいですね!」と言いながら「センス無い言葉を使う人なんだなぁ」と思っていました。そんな意地悪な私もイラストレーターで仕事をするようになってもうすぐ20年、今では若い人に「クリエイターです」と言われても素直に「お、すごい!楽しみです!」と思うようになりました。

最新の斬新でお洒落なイラストは描けません。恐れ多いですが大橋さんのように自分の作るセンスを大切に育み、息の長い人になりたいなと思っています。


大橋さんの本を読むときは、何故か一人で飲みに行くときに持ち歩いていたのでお酒をセレクトしてしまいます。ビールではなくキュッと冷やした日本酒で、だし巻き卵をお供にし酔ってしまったらそのまま本をパタンと閉じて翌日どこまで読んだっけ?と悩むのも愛おしい気がします。
「日々が大切」集英社文庫 ‪9784087466348‬

「今日のわたし」PHP研究所 ‪9784569627687‬
 

岩上 喜実
イラストレーター、イラストエッセイスト
18歳から書籍挿絵、企業キャラクター、CMイラストを描く山陰在住イラストレーター兼イラストエッセイスト。挿絵書籍と自身が描くイラストエッセイを合わせて、文庫化と海外出版含めて2005年から現在で29冊刊行。
2011年から始めた「ゆるイラスト教室」と同年プロデュースと店長をしている「Non café(米子市)」とイラストレーターを毎日のほほんと楽しみながら奮闘しています。
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