羨ましい、でも大丈夫。

岩上 喜実

思えばずっと仕事をしてきたので、急に「ゆっくりしなさい」と言われても何をゆっくりしていいのか分からず、結局仕事関連の本を読みながら何かメモをとっている事がそれまでの私の最大の「ゆっくり」でした。初めての手術や入院、後に長い付き合いになる治療法で、今まで通りの仕事内容だと周りに迷惑がかかってしまう事が想像できた事によって、少し「ゆっくり」仕事をする事に決めたのです。初めのうちはイラストの締め切りやカフェの動きが気になって、いつも通り先回りして対策を考えていたのですが、段々と担当の編集者さんや周りのスタッフを信頼して身体も気持ちも「ゆっくり」する事が出来た2月ごろ、手術の日取りが決まり準備をしていました。発覚して1ヶ月くらいの出来事です。

 

できるだけよい形で乳房を残すことが出来る乳房円状部分術を行うことが決まり、受ける前の検査は乳房内でのがんの広がりやマンモグラフィやエコー、分かりにくい部分は造影剤を使ったCT検査やMRIを行いました。初めて造影剤(内部を見やすくする点滴)を使用した私は、薬で身体がポカポカしてくるのが何故か急に不安になったことを覚えています。それまで大きな手術をしたことが無かったので検査の時点でこんなに不安になってしまうのは良くない気がすると感じ、担当の看護師の方に「少しだけ怖くなってきました」と話すと「いつもニコニコしておられるから、頑張りすぎないで無理しないで下さい。怖くなったらいつでも話して下さいね。」とお忙しいのに親身になってくれたのが検査の支えになり、その後の血液検査、尿検査、心電図や呼吸機能検査が終わる頃には手術への気持ちは明るいものに変わっていったのです。病気に素人の私だからこそ、先生や看護師さんには素直に甘えて心情をちゃんと伝えよう、と思いました。

手術はしっかり準備内容を把握することで怖い気持ちは軽減する、というのが体験できたのは、これからの治療に大きく良い影響を与えてくれたのです。

 

手術前に主人と先生とで話した事で、がん細胞の中身の話より怖かったことがありました。私は、妊娠を希望していたことです。

がん自体はこの頃にはあまり怖くなくなってきていましたが、術後のホルモン療法では約5年薬を毎日投与、そして約2年月に一度注射をしなければならなかったのです。それは女性ホルモン自体を止めてしまう薬で、治療をしている間は妊娠が望めないということになります。

自分の子どもが欲しい、というより主人の子どもが欲しいと願っていた私には主人の反応が怖く、ただ「私が奥さんでごめんなさい」と申し訳なさでいっぱいでした。これが原因で離婚しようと言われても、他の人と浮気をしても私には何も言えない、と子どもを持ち、がんも発症していない普通の女性に嫉妬しました。

スーパーで子どもと手をつないでお買い物をしている女性が羨ましい、子どもの成長記録を投稿している女性が羨ましい、子どもに恵まれた友人が羨ましい。

自分以外の女性が羨ましくて、20代30代を仕事ばかりして「子どもはいつか落ち着いたら。」と考えていた事を悔やんでばかりいました。いつかなんて私には来ないんだ、とがんになって色々な事を後悔していました。

 

ですが、主人は先生に「僕は奥さんがまず元気でいることが一番なので、一緒に頑張りたいです」と私の隣で話してくれました。もしかしたら5年の投与が終わった後、望めるかも知れないし、やっぱり望めないかもしれないけれど、私の元気が一番と言ってくれ病気と私を責めなかった主人にとても感謝しました。

子宮温存療法など色々な方法がありますが、私たちはまず手術と治療をしっかり行って、二人で手を取り合って身体も精神的にも楽になる未来を想い描きました。そこには子どもがいない現実もあるかもしれないし、もしかしたらいる現実もあるかもしれない。それを二人で仲良く紡いでいけたら、と思っています。そして主人の一言で、悔やんでいたことを恥ずかしく思いました。ずっと仕事を頑張ってきたから今の環境がある事、私そのものを大切に思ってくれている人に守られていることが見えていなかったのです。

子どものおられる方で「子どもはいいよ、子どもが居てやっと一人前。子どもは親を選んでくるって言うからね。」という言葉にも悲しくなった時期はありましたが、子どもが持てないことは怖い、けど主人となら大丈夫。今はそう思っています。

 

そして手術の日が来ました。

不思議な事にこれでやっとスタートラインに立てたような緊張と高揚感があり、術前には「いってきまーす!」と晴れやかに歩いて手術台に向かっていたのです。準備もしっかりしたし、気持ちの整理も付いている、先生や看護師さんも信頼しているし何も不安なことなんかない、と談笑しながら麻酔が効いていき、目が覚めると終わっていたのです。意識が戻り、まず見たのは手術をした左胸でした。

点滴をしている右手をよいしょ、と左胸にのせて「意外と、膨らんでる」と少しホッとし、「がん、もうこないでね」と呟いていました。

 

今回は、少し書きづらいことをまとめてみました。デリケートな問題だからこそ、女性にも男性にも読んで欲しいと思っています。

がんの続きには何があるのか、それを含めての病気なんだと今はすごく冷静に考えることが出来ています。

 


手術直前の私、すごく笑ってました!

岩上 喜実
イラストレーター、イラストエッセイスト
18歳から書籍挿絵、企業キャラクター、CMイラストを描く山陰在住イラストレーター兼イラストエッセイスト。挿絵書籍と自身が描くイラストエッセイを合わせて、文庫化と海外出版含めて2005年から現在で29冊刊行。
2011年から始めた「ゆるイラスト教室」と同年プロデュースと店長をしている「Non café(米子市)」とイラストレーターを毎日のほほんと楽しみながら奮闘しています。
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