今で良かったと思える蓄えていた財産

岩上 喜実

私が手術のあと麻酔でぐっすり寝ていた頃、付き添いで来てくれていた母と義母は医療用バットに入った切除したばかりのがん細胞を確認してくれたそうです。白い野球ボール程の丸い塊が憎くて悲しくてたまらなかった、と後々伝えてくれました。がんのステージや手術が決まる頃周りの近しい人にだけ自分の口で伝えていましたが、両親に言うことが本当に心苦しく、どう説明したら一番安心するか自分の中でプレゼンをして話すことにしました。分かりやすい資料を作成し、いかに私は早期発見し悪性度も弱かったか、主治医や看護師さんがどれだけ話しやすいかを数字を交えて説明し、さながら大切な取引先と話しているように分かりやすく伝えました。

親にとって子どもの病気は辛く、それが、がんなら尚更だったと思います。私には元気にならないといけない理由がここにもあると思い、治療の活力にしています。そして同世代の友人には手術前のまだ胸にがんがある状態で直に触って貰い、こういったしこりが自分の胸にあったら必ず病院に行って欲しい、と伝えることができました。

 

手術を終えた私は、周りが驚くほど順調に回復していき、幸い心配されていた脇のリンパ節にも転移は見られず、術後は点滴や傷口の消毒などはありましたがしっかり食事もし、合間にリハビリの予習をし、少し熱と頭痛はありましたが特に異常も無く術後2日で退院の運びになりそれを毎日何回も顔を見に来てくれた主人や両親に伝えると驚きと、良かったと沢山笑ってくれたのです。

傷口は抜糸がないので、専用のテープを貼って1ヶ月ほど過ごすことになります。最初の頃はもう片方の乳房と比べて色が悪かったり、少し血が出たり、熱をもっていたりと心配でしたが、日に日に薄くなる脇と乳房の傷口はカサブタも取れて私の不安な気持ちも一緒に薄くなっていったのです。

この時は下着を着けるのが痛くなるので、専用の下着があるのですが私はカップが付いたキャミソールで充分過ごすことが出来、常に清潔に負担がかからないよう注意をしていました。そして免疫力が落ちていたのか、少し前より疲れやすくなっていたので予定を詰めすぎず休憩をしながら行動するよう気を付けていました。

 

手術から約1ヶ月経った頃がん細胞の病理検査が終わり説明を受けに病院に行く事になり、ここで今後の治療を決めるというものでした。

ホルモン療法か抗がん剤治療か生活も費用も全く異なってくる治療は、できれば抗がん剤は使用したくないと願い待合室では手の震えが止まらなかったのを覚えています。そんな判決を待つ私に主治医は放射線治療とホルモン療法の治療に決まったと伝えてくれました。ここから2ラウンドのゴングが鳴ったような始まりを感じ、この頃には不安より「勝ち抜いてやる」と闘志を燃やしていたのです。頭の中勝つ気十分で臨んでいました。

 私が行う放射線治療というのは、手術で切除しきれず残ったと思われるがん細胞を殺し、再発の可能性を少しでも下げる為の治療でした。それは土日を除く‪月曜日から金曜日まで‬毎日病院に通い着替えを含んだ5〜10分で済む治療ですが、切除した箇所により回数は変わっていき、私の場合は‪3月31日から5月22日まで全33回‬続き、同時にホルモン療法の注射、毎日の薬投与が始まったのです。

ホルモン療法とはホルモン依存性の乳がんの増殖を促しているエストロゲンという女性ホルモンの一つが働かないようにする治療で、生理の閉経前の女性と閉経の女性では薬の種類が変わるのです。言葉は適切ではないかもしれませんが素人なりに説明すると、乳がんのがん細胞が少しでも残っていたら女性ホルモンを餌にして大きくなってしまうのを防ぐために、女性ホルモン自体を止めてダミーのホルモンを餌として与えて勘違いさせるという治療法です。よく若い人は進行が早い、というのはホルモンの分泌が多いためがん細胞が増殖する、ということなのだと、初めて知ったのです。

 

放射線治療は家から徒歩で行ける病院を選択できたのも、外に出る仕事を周りのサポートでセーブできたのも、私にとってはとても有り難いくらい恵まれた環境だったのです。次回はその放射線治療と、ホルモン療法剤の副作用について記していきたいと思っています。

今回の手術、入院費は約90,000円(高額医療制度適応で月またぎは無し)

がん細胞病理検査等約17,000円でした。

 

前回の「子どもが欲しかった」の記事に沢山のメッセージを頂きました。

かなり緊張して投稿をしたのですが、同世代の女性や男性からのメッセージが多くとても嬉しかったです。わたしはがんという病気で気付いたことが沢山あり、それは悲しいことばかりじゃ無くて気付けて良かった事が多く、何より今までの自分を沢山褒めてあげたい位人との縁や蓄えていた仕事のスキルが財産になっている事が今の誇りになっています。がんになって良かった、とはまだ思えませんが、今で良かったと思えるのは有り難い事だと思います。

自分に出来る事をもっと掘り下げて実践できるよう、前を向いている所なのです。

 


治療中に見た桜はいつもより綺麗に見えました。来年はもっと綺麗に見える気がします!

岩上 喜実
イラストレーター、イラストエッセイスト
18歳から書籍挿絵、企業キャラクター、CMイラストを描く山陰在住イラストレーター兼イラストエッセイスト。挿絵書籍と自身が描くイラストエッセイを合わせて、文庫化と海外出版含めて2005年から現在で29冊刊行。
2011年から始めた「ゆるイラスト教室」と同年プロデュースと店長をしている「Non café(米子市)」とイラストレーターを毎日のほほんと楽しみながら奮闘しています。
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