見える風景が変化した人生の失速

岩上 喜実

記憶のある幼少期から、小さい風邪をたまに引いたりする位で手術が必要だったり薬をずっと飲み続けるなんて事はしたことが無かった位病院にあまり縁が無く、今回初めて毎日通院するという体験をしました。
手術が終わった後の検査で今後の治療は放射線治療とホルモン療法剤の投与だけで済むことになり、どちらも未体験だった私には通院も新しい体験でスケジュール帳が仕事のことを記入するより薬の量や通院時間や治療内容を記入することが多くなり、周りの生活スピードと自分のスピードが一気に変わっていったような感覚になりました。直接誰かから言われたわけでは無いのですが、まるで自分の人生が失速したような時間が少しずつ止まったようなドキドキする「置いてけぼり」感でした。

それはSNSの投稿などで知人達の活躍を前のような気持ちでは見られなくなり、人が集まる時間や場所を故意に避け、逆にここからの気の持ちようで自分が次のステージに立てると思っていたのです。失速したのなら、そのスピードで見える物をこれからの私の財産にしたいと願い、毎日の放射線治療も1日1日を楽しむようにしていました。

 

具体的に私が受けていた放射線治療というのは、初日に当てる箇所がずれないように周囲をタトゥーシールのようなものでマーキングしていきます。最初は手術跡があまりなく傷口も薄くなっていた胸が、ブラックジャックの顔のようなツギハギになりお風呂で鏡を見る度違和感しか無かったのですが、幸い服で隠れる箇所でしたしこれで治療がスムーズにいくのなら、と大した悩みにはなりませんでしたが、主人や両親には見られたくなく着替えや角度などをいつも気にしていました。

毎回放射線室に入り専用の服に着替え、当てる箇所を出し色々な角度から当てていき、後半はもっとピンポイントに当たる機械を付け足します。この頃には毎日放射線を当てられた箇所の肌の色は黒ずんできて常に熱を帯びているような異物感があり、赤く乾燥した箇所には処方された保湿クリームを塗ることもありますが、私はそんな見た目のことより放射線を当てている最中は常に神経を集中し「がん、もしまだ微かにいるのなら死んで下さい」とずっと祈っていました。

 

毎日通っている内に担当して下さる先生やお会計の方と談笑するようになり、手術をしてくれた先生や色々検査をしてくれる看護師さんのおかげで笑っていられる事がとても嬉しく、それも通院が苦では無かった要因のひとつになっています。

そして同じ時期に同じ治療をしている方達と少しずつ顔なじみになり、お互い名字しか知らないけれど毎日少しだけお話しだけをする、というのがとても新鮮でした。

 

きっとみんな不安です。楽しむように治療をしていた私でも、突然来る不安に背後から肩を掴まれ怖くて怖くて泣いていました。それを毎回主人に伝えるのが忍びなく、かといって友人や両親に話すことも出来ずに怖さを無理矢理自然に消化するようにしていましたが、通院をしている待合室での会話でとても軽くなったのです。

みんな家族に心配をかけたくなくて気を張っているのなら、世代や症状の重さは違っても、同じがんという病気になった私達は互いの職業や環境が分からない丁度良い他人だからこそ一人で感じていた不安を話しあえたのだと思います。もしかしたら治療が終わったら会えなくなる確率の方が高いのですが、不安だった通院の時間が少しでも気持ちが軽くなり通い続けられたのは、初めて出会う同じ病気の同じ治療をしている方達と話せた事が大きいと思います。

他にも薬で髪の毛をなくした女性から「長い髪が羨ましい、少し触ってもいい?」と聞かれお会いする度に毛先をなでて貰ったりと、今までの自分だったら分からなかった感情が出来ていくようでした。この件で私は今の髪が伸びたら、頭皮や頭髪に関わる何かの病気が原因で髪の毛を失いウィッグを必要としている子ども達に医療用ウィッグの原料として提供するヘアドネーションをしたいと思うようになったり、医療用のイラストのお仕事に対してもっと辛い治療をしている方の気持ちが軽くなるようなイラストを描こう、と思うようになりました。

そして全33回の治療が終わり、最後の日にはお話しをしていた方達に紅茶とクッキーを小さくラッピングをして「また元気にどこかで」とお別れをしました。

連絡先を交換したわけでも、SNSで繋がっているわけではない方にもう会えないかもしれないし偶然出会っても話しかける環境ではないかもしれないけれど、どこかで健やかに過ごしましょうねと笑顔で言えたのは感謝の気持ちでいっぱいでした。

 

そして放射線治療も終わり、まだまだ続いていくのがホルモン剤療法です。それについては、また次回に記していこうと思います。

放射線治療は、全部約150,000円でした。

 

入院中や治療中、快気祝いにと沢山のお花ありがとうございました!全て写真に撮って、今でも眺めています。

岩上 喜実
イラストレーター、イラストエッセイスト
18歳から書籍挿絵、企業キャラクター、CMイラストを描く山陰在住イラストレーター兼イラストエッセイスト。挿絵書籍と自身が描くイラストエッセイを合わせて、文庫化と海外出版含めて2005年から現在で29冊刊行。
2011年から始めた「ゆるイラスト教室」と同年プロデュースと店長をしている「Non café(米子市)」とイラストレーターを毎日のほほんと楽しみながら奮闘しています。
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