⑥小さな仕事のその先には

岩上 喜実

ふと毎日自分がしている事はなんて小さい事を繰り返しているのだろう、と思うことがあります。40年も生きてきて、何故こんな地味な誰にでも出来そうな仕事をしているのだろう、これは一体誰の役に立っているのだろう、そしてこれは何の意味があるのだろう、と一度何でだろうの波に飲み込まれると中々岸に戻れないほど渦の中に入ってしまったままになってしまう事があります。

その仕事とは日本一人口が少ない鳥取県の中の小さなカフェの中で、ほんの数人の毎月の勤務時間を計算し場所を配置している時だったり、SNS用のイラストをアトリエでチマチマと描いている時だったり、料理が遅くなったお客様に謝罪するため深く頭を下げている時だったり、お店が暇になって店内の本棚を整頓している時だったり、とても小さいけれどしなければならない事で溢れる毎日を過ごしていると、5年後も、10年後も、死ぬまで同じ事をし続けて何も成し遂げられないまま息絶えるのでは、という不安がまるで岩のような重しになり、肩や腰や頭にのしかかっているような気になります。

オリンピックやワールドカップを観ていると選手達の努力が見事な成果になり私たちを感動させてくれますし、素晴らしい小説や音楽、映画を観るとその発想を形にし私たちを満たされる気持ちにさせてくれます。近しい人にも、近況報告で輝かしい結婚や妊娠、出産、仕事での昇進や周りからの好評価がまるで自分に対する「で、あなたは何を毎日しているの?」という容赦ない質疑に思え、それに対抗するようにSNSでは自分の立ち位置合戦が始まってしまうのだと思います。

誰でも何かを始めるには始めの一歩があったわけで、それがなければ何も始められないのですが悲しいかな1日、1年と経験を重ねていくとその一歩を踏み出した時の気持ちが薄まり斜め前の事しか見えなくなってしまうのです。20代の頃はいかに早く誰よりも仕事が出来るようになりたかったものでしたし、30代の頃はそれをいかに自分らしいオリジナリティをだしつつ新人には出来ない安心感とクオリティの高さを意識するので後ろを振り向く暇がなく、始めた一歩を忘れてしまいがちになるという事だったのです。

それを忘れたままにしてしまうと、自分より仕事が出来ないと思われる人や新しく一歩を踏み出した人の気持ちに寄り添えないという事になってしまいます。自分はこんな失敗をしてきたから未然に防ぐための経験を伝えたり、相手の悩みに向き合い話にじっくりと耳を傾ける事こそが大人の女性としての行動だと願っています。そしてその行動は踏み出す勇気を持ち、失敗するという怖さもそれを乗り越える強さも同時に持つことが出来ているような気がします。

そういった人は日々の小さな小さな誰にでも出来る仕事を丁寧に重ねて、その積み重ねた経験や努力は必ず自分の背中を押してくれたり、いつかの笑顔に繋がっているという事を分かっているのだと思います。

毎日しなければいけない事だからこそこんな仕事だれにも出来ると思いながら仕事をするより、私だからこんなに効率よく出来る、そしてこれは誰かの役に立っていると思えば少しだけ楽しくなってくるのを私は知っているので新人指導の時はこのことを伝えていくようにしています。技術面やスピードはやっていく内に否が応でも身につく物ですし、私以外の誰かからも教わって出来ていく物ですが今している地味に見える仕事の内容はどこに繋がって、どうやって役に立っているかを伝える事は少しだけ先に生まれ、先に仕事をしている者の大切な仕事だと思っています。

そんな偉そうな事を言っている私ですが、数年前まではそれが分からず以前いたスタッフには陰で「何にも分かっていないから分かったふりしとけばいいよ」と言われていたそうです。それを聞いた時はとても悲しく怒りも覚えましたが、私自身の「言わなくても分かるなら言わなくてもいいか」とどこかで思っていたせいなのだと思います。

そのことを活かし今の指導にたどり着いたのですが、その陰口を言っていたスタッフには感謝しつつ未だにその人の事が苦手なのはまだまだ私が未熟なだけなのかもしれません。でも、完璧じゃないからこそ次はこうしよう、次はああしてみようと考えるという事が出来るのかもしれないと思っています。

どんなに小さな仕事でも、その先にたどり着く誰かの笑顔のために働く事の出来る20代、30代を送ってきた人はどんなに楽しくなさそうな仕事が来てもその中から意味を見つけることができれば、きっと楽しく過ごせるような気がします。

40歳になるからこそ、小さな地味な事こそ大切だという事を身を持って伝えていけたらと思って毎日仕事をしているのかもしれません。

岩上 喜実
イラストレーター、イラストエッセイスト
18歳から書籍挿絵、企業キャラクター、CMイラストを描く山陰在住イラストレーター兼イラストエッセイスト。挿絵書籍と自身が描くイラストエッセイを合わせて、文庫化と海外出版含めて2005年から現在で29冊刊行。
2011年から始めた「ゆるイラスト教室」と同年プロデュースと店長をしている「Non café(米子市)」とイラストレーターを毎日のほほんと楽しみながら奮闘しています。
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