⑦好きという薬、好きという毒

岩上 喜実

人を好きになる事って、きっと結構奇跡に近い事なんだと思います。

そんな学生みたいな事に最近改めて気付いてしまい、そう思ったキッカケというのは仕事で会う人、友人関係を通じて知り合う人、SNSがキッカケで知り合う人など学生の時には考えられなかった範囲の広さで大人は一気に知り合いは増えていくので、その中で異性同性関係なく人間性を好きになっていく人が現れていくのです。

学生の頃は、それこそ好きな人を忖度し自分のイメージが上がるような好きな人という存在をわざわざ『作って』、同世代の中で生きやすくなるよう争いが起こらないようにしていた所があります。それは異性だけでなく同性同士の中でも好きな人、そうでない人、普通の人、苦手な人、関わりたくない人、とその人のバックボーンを気にして知らず知らず今で言う自分の中でのカースト順位を作成していたような気がします。

思春期の中で学校生活というのはほぼ100%を占める割合になっており、その中での人間関係は死活問題になっています。その中で人間関係を順調に円滑に過ごすためには、むやみに軽い気持ちで「あの人好き」「あの人苦手」と口に出してはいけないような気がしていたのです。目に見えない相関図が学校社会には出来上がっていて、それは秒刻みで図は変化していくのです。その変化を読み取れず好き嫌いをむやみに声に出して言ってしまうと、あっという間に派閥の波に呑まれ、その選択を誤ると岸に吐き出されてしまうのです。

きっと学校生活でいじめという行為が無くならないのは、このような人間関係の忖度が随時行われていて誰もが素直に人に対して「好き」「嫌い」を言えない状況がいじめの引き金になっているような気がします。

そういった経験を学生時代に体験してしまったせいか、気軽に好きな人を作ることが出来ないまま社会人になってしまい異性でも同性でも「あ、この人好き」と思う事があってもそういった言葉を気軽に出すことが出来なくなっていたのです。それは私が人に対して「好き」という感情を伝えた場合、自分の人間関係の中でその人の事を苦手だと思っている人がいて、私がその人を好きという事で関係が疎遠になったらどうしよう、という実にくだらない事なのです。今思えばそんな事にこだわる必要などないのだと思うのですが、きっとその時の私なりに相関図が壊れないよう配慮していたのだと思います。

そんな相関図は学生の時が一番鮮やかに見えていましたが、社会人になり没頭する仕事が出来たり様々な年齢の方と交流するようになったりと世間で言う社会経験を1年1年積むことによって相関図は見なくてもいいような存在になり、その頃から気になる異性には「好き」と伝え、尊敬する先輩にも、優しい同性にも好意を言葉にして伝えられるようになっていました。

ありがちな言葉かもしれませんが、「好き」という言葉には特別な力があるように思います。いつも笑顔を絶やさない優しい友達が悩んでいたら、あなたの笑顔が好きだよと伝えるといつもの笑顔になる力を持っていますし、仕事ばかりで疲れている先輩にいつも色々教えて下さってありがとうございます、という感謝の言葉も好意の言葉として疲れている先輩が笑顔になる力も持っています。パートナーに対しても付き合いが長くなるとどうしても言わなくても良い雰囲気になってしまいますが、きちんと好きという気持ちを言葉に表し伝えることで円滑になる事が多くあるのです。それに何よりそういった相手から自分に対しても「好き」と言われることはとても、とても嬉しく幸せな事だという基本に帰るのも悪くない事だと思っています。

ですが、この「好き」という言葉は薬にもなるけれど毒にもなることだという事を大人の女性は知って欲しいと思っています。10代や20代、30代が使う「好き」と40代からの「好き」は色んな重みが違うのです。

大人の女性が使う「好き」にはその人の全てを包む力があり、それは人によっては痛んだ心を治癒するほどの薬になったり、明日も頑張ろうという気付け薬になったりもします。ですが用法用量を間違えてしまうと何の治癒力もなくなり不信感や不安感を募るだけの言葉に変換されてしまうのです。それはとても恐ろしいことで、「好き」という単純な言葉に秘められた力というものを分かっていないまま過ごしてきた女性は、今一度言葉の持つ意味をこの「好き」という言葉を見本にして見つめ直すのも良いのかもしれません。

誰も傷つけず、痛んだ心をそっと治し、明日の笑顔を作る「好き」が言える私になるよう、周りの人の好きなところを隈無く見る癖をつけるのも、自分の事が好きになる一歩なのかな、と思っています。

岩上 喜実
イラストレーター、イラストエッセイスト
18歳から書籍挿絵、企業キャラクター、CMイラストを描く山陰在住イラストレーター兼イラストエッセイスト。挿絵書籍と自身が描くイラストエッセイを合わせて、文庫化と海外出版含めて2005年から現在で29冊刊行。
2011年から始めた「ゆるイラスト教室」と同年プロデュースと店長をしている「Non café(米子市)」とイラストレーターを毎日のほほんと楽しみながら奮闘しています。
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