鬱屈した葛藤の邦画、3選

岩上 喜実

自分の事ほど良く分からないもので、当たり前だと思っていた事が当たり前では無い事が分かった時の小さな衝撃に毎度驚くことが未だにあります。

人の価値観というのは生活する上で細部にわたりそれぞれ確固たるものがあるので、人と人とが友人関係でも恋愛関係でも築いていくのは価値観の譲り合いなのではと思っています。よく夫婦生活は妥協のしあいで成り立っていると言われますが、妥協ではなく譲り合って認め合うことがお互い楽なのではと思います。

そんなそれぞれの価値観が譲れない鬱屈した葛藤しまくっている近年の映画をご紹介します。

 

「彼女がその名を知らない鳥たち」(2017)主演:蒼井優 阿部サダヲ

共感できるキャラクターがひとりもいないという、言い方が悪いと全員アウトな性格の人が集まる映画が得意な監督のラブストーリーという事だったのでとにかく楽しみで仕方の無い作品でした。いざ観始めると8年前に別れた男を忘れないでいる女は、働きたくないが為だけに自分に好意を向けている15歳年上の不潔で下品な男の少ない稼ぎに頼って日々を暮らしています。ある日忘れられない男の面影がある妻子持ちの男と情事に溺れている頃、別れた男が行方不明になっている事を耳にします。もしかしたら、一緒に暮らしている小汚い男が手を下したのでは…と怯え始めます。

作品のあらすじだけ観ても肌にまとわりつくような不快感しかなく、誰にも何にも共感できないのですがいざ最後まで観ると蒼井優さんのキレる演技が好きな私は見事なまでの終わり方の内容に、もしかしたらいい話だったのかも…といった不思議な感情に落ち着くことができるのです。

愛に形があるとすれば癒しだったり、起爆剤だったり、尊さだったりするのかもしれませんが、その当事者にしか分からない愛の形があってありきたりな言葉言えば100組いれば100通りの愛の形が在ることを思い出させてくれる映画でした。愛とは、それは一体なんなんでしょう、と思ってしまう映画なのです。

 

「犬猿」(2018)主演:窪田正孝

地方の印刷会社の営業をしている真面目で堅実な男の夢は父親の借金を返して安心な老後を送る事、それをぶち壊すかのように凶暴で金遣いが荒く、強盗の罪で服役していた兄が刑期を終えて転がり込んできた。

そして一方ではその堅実な営業マンに好意を持っている小さな印刷所を営む少々見た目に悩みを持つ女と、顔とスタイルと愛想だけいい妹。

兄弟姉妹という同性で年も近い二人が当たり前だけど小さい頃から一緒にいるというのは、自分にはない事への憧れや愛おしさと同じくらいかそれ以上に憎しみや鬱陶しさがあるもので、例えば下に見ていた兄が事業を成功させていると聞けば安心し嬉しい気持ち以上に悔しいしどこかで失敗しろ、と思ってしまいイライラしてしまう。普段は仕事の要領も悪いし大した芸能の仕事もしていないくせに、小さく映っているグラビアの仕事を親戚に自慢している妹の事を地道にコツコツ真面目に暮らしている姉は毎日イライラして何もかもうまくいかない。

終盤ある事をきっかけに二組の兄弟姉妹はお互いを認め合うことになるのですが、終わり方はこの監督らしくちょっとまだまだ何も分かり合えてないまま第二回戦に突入するのではないかという面白い終わり方になっています。

なによりもキャストが恐ろしくピッタリで、堅実な営業マンの弟は窪田正孝さんは頼りなさと隠れている狂気がそのままでしたし、凶暴だけれど近しくなった人にだけ分かる微かな優しさが愛らしい兄が新井浩文さん、太めで見た目に難有りだけど仕事が出来る姉に芸人ニッチェの江上敬子さん、顔とスタイルだけが自慢の妹に筧美和子さん。そのキャストも合わせてさりげなく、とても面白い映画でした。

 

「母さんがどんなに僕を嫌いでも」(2018)主演:太賀 吉田羊

毒親や虐待について10年前に比べると書籍も映画も多くなってきたような気がします。それ以前にも表沙汰にはならなくてもあったのかもしれませんが、そのことを告白する方や言っても大丈夫な風潮になっているのかもしれません。

これは小さい頃太っていた自分にしつけ以上の執拗な暴言や暴力や八つ当たりをしてきた親子のストーリーで、親が与える子どもへの影響は目には見えないけれど細胞の奥深くまで及んでいるものなんだと思います。

親はいつも余裕があって何でも知っていて笑顔で…なんて大人は少なく、日々のことに精一杯な大人の方が多いはずです。大人というものは全て完璧だと思っていた子どもの頃は分からないので怒られると自分が悪いのではないか、と思ってしまう様子を小さい子役の男の子は分かりやすく演じており、成長し葛藤している太賀さんの演技といつも何かにイライラし情緒不安定でプライドが高い母親役の吉田羊さんの演技に見入ってしまう作品でした。

ですがただの虐待の過去に苦しむ青年の話ではなく、今を生き、前を見て友人達と笑いあい、ご飯を作り、ちゃんと食べる。その為かテーマは哀しいものでしたが何故かとても穏やかな気持ちになれる映画でした。過去のことは誰にも何にも変えることはできませんが、今という道を穏やかなものにするかどうかは本人次第と思える後味でした。

 

岩上 喜実
イラストレーター、イラストエッセイスト
18歳から書籍挿絵、企業キャラクター、CMイラストを描く山陰在住イラストレーター兼イラストエッセイスト。挿絵書籍と自身が描くイラストエッセイを合わせて、文庫化と海外出版含めて2005年から現在で29冊刊行。
2011年から始めた「ゆるイラスト教室」と同年プロデュースと店長をしている「Non café(米子市)」とイラストレーターを毎日のほほんと楽しみながら奮闘しています。
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