いまの私に響いた邦画、10選

岩上 喜実

今回は好きな邦画をテーマ別に分けそのテーマごとに毎回5本づつ選んでみましたが、その作業が思いの外楽しくやっぱり映画って面白い、と思えた作業でした。最終回の今回は私の邦画10選と題しましたが今までの紹介で出てきた「百円の恋」「WOOD JOB!」「ジョゼと虎と魚たち」「舟を編む」「太陽を盗んだ男」を加え今回の5選で自分の今現在のベスト10が仕上がりました。

勿論まだ観ていない作品も多く、これからも沢山の映画が生まれてくるのでいつこの自分ランキングが変動するか分かりませんが好きな映画が迷う程ある、というのはとても幸せなことだと思っています。

「魔女の宅急便」(1989)長編アニメーション(スタジオジブリ)

実写版の方も好きですが、私の人生を左右した映画はこのスタジオジブリ制作の長編アニメーションです。まだ小学校高学年だった私は、両親と何気なく観に行ったこの映画で同じ位の歳の女の子が山奥に引きこもって絵を描いているという事に酷く驚いたのを覚えています。主人公のキキも大変魅力的ですが、キキが出会うウルスラという19歳のポニーテールの女性は絵描きを目指しており、休みの間は山の小屋にこもってずっと絵を描いています。ですが寝る間を惜しんで描いても描いても自分の描きたい絵が見つからず、そんな時はジタバタするしかない、描いて描いて描きまくると諦めずに繰り返す事をキキに伝え、それでもダメなら何もしない、その時が来るのを待つ、という自分を信じていないと出来ない事を笑顔で言う素敵な女性でした。

私は観終わってすぐ、放課後の教室でそれまでに描いたことの無い大きな絵を描きウルスラの気持ちを分かろうとしましたがその時は分からず、ただ将来絵の仕事がしたい、という今のイラストレーターの道を作ってくれた映画だったのです。

今でも納得の出来ない絵を描いてしまったり、どうにもならないもどかしさを感じた時はウルスラの言っていた言葉を思い出すことがよくあります。魔女の血、絵描きの血、みんな神様か誰かがくれた力、自分にしか出来ない事をジタバタしながら諦めず繰り返す事を死ぬまで楽しみたいと思った作品です。

「Shall we ダンス?」(1996)主演:役所広司、草刈民代 監督:周防正行

社交ダンスを特別なものではなく趣味の定番としても世間に根付かせてくれたこの作品は、会社での仕事も家庭も目立った問題も無い優しく真面目な平凡なサラリーマンが途中下車した社交ダンス教室に入り、始めは美しい女性に惚れて始めたダンスでしたが次第にダンスに夢中になっていくというストーリーです。

何の知識が無くても、構えなくてもどの世代でも笑顔になってしまうこの映画はダンスの格好良さだけではなく、興味があるのに何かの言い訳を見つけて逃げてしまうのが上手くなっていく大人が夢中になって何かを学んだり楽しんだりする姿がとてつもなく可愛らしく素敵なことを学んだ気がします。

一から何かを始める事って学生の時や新人の頃はそれが当たり前だから何も気負い無く始めることが出来るのに、何故か色んな経験や知識、地位が重なると途端に怖く恥ずかしいものになるんですよね。

いくつから何を始めてもいいんだという事、その場合のデメリットは覚える力が少し弱くなって時間がかかる事だけだとしたら何かをスタートするという事は何も悪くないんだと何故か明るい気分になれる映画なんです。脇役の活躍は勿論、学びを楽しむ主人公に背中を押される気になります!

「踊る大捜査線 THE MOVIE」(1998)主演:織田裕二

好きな映画にこのタイトルを出すといつも意外な反応をされますが、ドラマの時から警察を企業のようにサラリーマン化していているのがそれまでに無い組み方だったのでとても新鮮で観続けていて上映が始まった頃楽しみにしながら姉と映画館に観に行くことになりました。ですが例のオープニングが始まると、私は楽しみすぎて過呼吸になり救急車に運ばれるほど好きだったようなのです。後日改めて観たときは終盤になると「終わらないで~」と願っていた程でした。

そしてこの事で、小さい頃春になると好きなドラえもんの映画を観につれていってもらい、その時にも色々解決し終わりそうになる頃には「終わらないで~」と願っていたことを思いだし、映画ってエンターテイメントだ!とワクワクしたのです。

オープニング曲が流れただけでこれからの約2時間を最高のものにしてくれる、という期待や別世界に連れて行ってくれるワンダーランドのように、映画の本来の楽しさを思い出させてくれる映画なんです。

「告白」(2010)主演:松たか子 監督:中島哲也

何度観てもスッキリはしないし明るい気分になんかなれないのに、何故かこの監督の作品にはいつも心が一時停止したような気分になります。それが良いことなのか悪いことなのかは全く分かりませんが、この映画を観た時それまで観ていた邦画と全く雰囲気が違いずっと画面の中は雨が降り出しそうな曇り空のような高い湿度の気持ち悪さがあります。それに松たか子さんの台詞が自分のその教室の中にいるような気分になり、逃げだそうにも逃げられない怖さがありました。

ストーリーはイヤミス(嫌な気分になるミステリー)の女王湊かなえさんの原作で、とある中学校の終業式に教壇に立つ担任の女性が娘をこの教室に居る生徒に殺された、と告白をする所から始まります。

色々な分かりやすい悪意や、悪意の無い親切心が悪意になっている事、冗談ですまされないことが子どもでもあるという事、そして人は簡単に壊れることがあるという事。映画は元気をくれたり明るい気分になるだけではなく、人としてしてはいけない事があるというのが普段の日常で一線を越えないよう色々な出来事に立ち向かえる静かな力をくれた映画でもあります。

「パンとスープとネコ日和」(2013)主演:小林聡美、もたいまさこ

映画と思って見始めたらテレビドラマだったので邦画紹介には反則ですが…「かもめ食堂」「めがね」などの雰囲気流れる作品で、母親を突然亡くした主人公は勤めていた出版社の理不尽な人事異動をきっかけに亡き母が営んでいた食堂を経営する事になります。パンとスープだけのシンプルなメニューと、周囲の人達に支えられながら試行錯誤する姿を淡々と映しています。何も事件は起きませんが、忙しい日もあれば全くお客様が来ない日もあり、お店目当てに来る方にもフラリと入った方にも「来て良かった」と思ってもらえるお店作りのもどかしさなどカフェを始めて悩みながら泣いていた自分の頭を撫でてもらえたような作品なんです。

きっとお店や起業する事は始めるのは誰でもキッカケやタイミングがあれば出来てしまうものですが、それを続けていくにはとてつもない労力やお金、そしてへこたれない精神力が必要で毎日を続かせるのは大変な事なんだと思っています。勿論辞めてしまいたいと思う事はありましたが、そんな時この作品をボーッと観ているとお客様の笑顔に会いたい、一緒に一生懸命働いてくれているスタッフともっと頑張りたい、と前を向くことができるのです。折角なら楽しく仕事をしたい、そのために労力は使うけれどそれは幸せな事なんだと思えるのです。

今回までで様々なジャンルの邦画を60本ご紹介させて頂きました。文章をまとめる為、過去観た映画の感想をまとめているメモに目を通し、内容を勘違いしていないか確認の為再度観てみると新しい発見が細部に渡り見つけることができたり、好きだと思っていたシーンがあまり好きではなくなっていたり、反対にあまり気にならなかったシーンがとても心に響いたりと年齢を重ねた今観ると面白い映画が沢山ありました。

面白い洋画は沢山ありますが、日本人特有の湿度を帯びた感情表現や複雑な気持ちや目線、色々な楽しさがあるのが邦画だと思います。きっとまだ観ていない邦画の中にも、これから出会える邦画の中にも、私の心に住み着く新しい感情に出会えることを信じて邦画鑑賞の趣味はまだまだ続くのだと思います。

読んで下さってありがとうございました!感想を頂けてとても嬉しかったです。

岩上 喜実
イラストレーター、イラストエッセイスト
18歳から書籍挿絵、企業キャラクター、CMイラストを描く山陰在住イラストレーター兼イラストエッセイスト。挿絵書籍と自身が描くイラストエッセイを合わせて、文庫化と海外出版含めて2005年から現在で29冊刊行。
2011年から始めた「ゆるイラスト教室」と同年プロデュースと店長をしている「Non café(米子市)」とイラストレーターを毎日のほほんと楽しみながら奮闘しています。
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