臆病になったから

岩上 喜実

なぜだか急に、いろんなものと距離を置きたくなりました。

 

読書をするのも映画を観るのも、楽しくお食事するのも少しドライブするのも、自宅の庭でボーッと空を眺めているのも洗濯をするのも、意味なくドラッグストアに行くのもネットで新しい文具の動画を観るのも何も変わらず好きなままですがこの2年ほど、前より人と話すことが苦手になってきました。

最初はがんの治療を初めてからかなり太りそのことをいじられるのにも疲れ、以前は親しくしていた人が自身の悪い事を言っている事を耳にしたり、仕事で関わった人から直接の暴言を受けたりと人間関係に少し不信感が出てきたところに新型のウイルスでの自粛の傾向が広まり、実はものすごくホッとしたのです。いじわるな人達に無理に会わなくてもいい、仕事と仕事仲間と、家族だけにしか会わず心を穏やかに過ごしたい、と。

 

そのままSNSにも距離をとりはじめ、仕事と個人をたまに更新してあとは一切見ず開いた時に目に付いたものだけ見るようになりました。

新しいお店がオープンした、あの人がああなったなど色んな情報に置いてけぼりにはなっていましたがそれで良かったんです。その方が誰にも何も言われない、誰にも気が付かれない、たまに当たり障りの無いようなことを呟き、それで良かったのです。

家族は私をいつも気遣ってくれているし、いつも笑顔にしてくれる。仕事は打ち込めば打ち込むほどいいし仕事仲間も信じて頼れる人ばかりになった。

 

まだまだ新型のウイルスは少なくはならないけれど、マスクをするしない、ワクチンを打つ打たない、海外に行かない行けば良い、どちらにも信者のような強い意見を言う人がいるこの状況とその選択を毎日強いられていると何だか知らないうちにとても疲れ人間関係が苦手になった出来事を引っ張り出し整理するようにもなりました。

苦手になった決定的な一言があり、それまでとても信頼していて大好きだった人がとても苦手になりました。きっと今出会っても笑顔で話せる余裕がないくらいで笑顔をしなくてもいいマスクがあって良かった、と思うのだろうと思います。

 

そのことがあって、私も言葉の存在が急に怖くなり慎重になったのだと思います。

気軽にこのブログにも文章をのせることができなくなり、以前はパソコンの前に座れば言葉が次々に頭の中に登場し読みやすいように文章を並べることが出来たのであっという間に画面は自分の伝えたい事で埋まっていました。ですがそれが全く出来なくなり、少し文章を書くお仕事もお休みしてブログも投稿しないようにしていました。

 

ですがこの春、あと1年だと思っていたがんの治療が、新しい迷い道に入ってしまい少しだけ気が張っていたのが緩んだお陰で、ちょっと自分の言葉を思い出してきたような気がします。

働いているお店のお客様との会話や、スタッフとの何気ない楽しい会話、私の仕事を引き継いでくれる人への指導や相談、遠くの家族との贈り物のやり取りや、主人との毎日の優しい時間、たまに会う限られた友人との気遣いと笑顔、それらをもっと自分の中の大切なところにしまい、まだまだ歩んでいかなくては、と少し自然に笑顔になることも増えてきました。

 

そして知らない間に争っていた気持ちもどこかに捨てることが出来るようになりました。

元々争うことがとても嫌いで、そんな気持ちになる自分も嫌でこのまま平行線になるくらいなら私からは忘れようと思うようになりました。忘れて、どこかに捨てたと思えば別に何てことの無いような気がしたのです。

 

まだまだ世界は落ち着かないようですが、それでもやっぱり毎日少しでも穏やかに過ごしていきたいし大切な人を守り守られたいと思うと同時に嫌な事には飛び込まず、臆病者のままいこうと思っています。

いつか、また目の前が明るくなるような出来事に臆せず飛び込める人を安心させる強さを持てるようにと自分の奥のものを育んでいこうと思っています。

岩上 喜実
イラストレーター、イラストエッセイスト
18歳から書籍挿絵、企業キャラクター、CMイラストを描く山陰在住イラストレーター兼イラストエッセイスト。挿絵書籍と自身が描くイラストエッセイを合わせて、文庫化と海外出版含めて2005年から現在で29冊刊行。
2011年から始めた「ゆるイラスト教室」と同年プロデュースと店長をしている「Non café(米子市)」とイラストレーターを毎日のほほんと楽しみながら奮闘しています。
Non café
鳥取県米子市米原6丁目1-14
0859-21-8700
Facebook:https://www.facebook.com/Noncafe/?fref=ts
イラストと教室問い合わせ:nonillustration@gmail.com