30センチ分の約束

岩上 喜実

久しぶりに、とっても軽い気持ちになれた出来事がありました。

先日、ずっと伸ばしていた髪の毛を30センチほどカットしヘアドネーションをしました。20年くらい癖っ毛なのでロングヘアの方がアレンジが出来、楽で伸ばしていたのですが4年前乳がんの治療のひとつ、放射線治療をしていた時に「きれいに伸ばして寄付したい。」と思うことがありました。

私の治療はがん細胞を手術で切除したあと、放射線治療という約2ヶ月毎日必要箇所に放射線をあて細胞が大きくならないようする治療のため決まった時間に病院に通わなければいけませんでした。

毎日同じ時間に通っているため、段々と顔ぶれがお互いに分かってきて「こんにちは」「さようなら」とご挨拶をするようになっていました。

その中には抗がん剤治療の後の方も多く、髪の毛が少なくなったりウィッグをしている方もおられお話しをしていると「本当の髪の毛が羨ましい」と話してくれるようになりました。

治療が出来る環境があるだけでありがたい、と皆思っていてもやっぱり治療をしていない時の生活に比べると、何かが少し不足している事に気が付く瞬間がどうしてもあります。

その瞬間を漏らす相手というのは知らず知らずに話しても大丈夫な人を選別していく、という気持ちは分かっていたので毎日ただ顔を合わせて、病院の方に呼ばれる名字しか知らない関係なのにその中でも漏らしてくれた事がとても有り難く感じたのです。

その時は何も言えないままでしたが、この髪の毛で喜んでくれる人がいるなら、頑張って丁寧に髪の毛を育てて治療が一段落したらヘアドネーションをしようと決めました。

いつも通っている担当の美容師さんにもいずれヘアドネーションをしたい事を以前から話し快く協力してそのための勉強もしてくれ、誰かのために、という気持ちがどんどん大きくなりました。

 

あの時待合室で一緒になった方の元にはいかないけれど、どこかで役に立って貰えたら嬉しいと思っています。勝手に約束を守れたような、果たせたような、とっても軽い気持ちになれた出来事でした。

きっと自己満足ですが、約束を果たせた事がこんなにもスッキリさせてくれたのだと思っています。子どもや学生の時、約束というのはとても身近で守るのが当たり前の行動のひとつでした。

大人になり、社会人になると何日までに、何日に、これをする。という約束は契約と同じ意味合いになる事だと感じ気軽に約束事が出来なくなっていました。

これを機に約束を気軽に出来る人付き合いをもっと楽にしていこうかな、と嬉しいスッキリ感が出来て髪を切っただけでこうも変化が出た事に何だか自分でびっくりしました。

美容師さん、理容師さんっていつもと違う自分が鏡の中で笑ってる、そういった気持ちを引き出してくれる改めて素敵なお仕事なんだなぁとも感じたのも嬉しかったです。

岩上 喜実
イラストレーター、イラストエッセイスト
18歳から書籍挿絵、企業キャラクター、CMイラストを描く山陰在住イラストレーター兼イラストエッセイスト。挿絵書籍と自身が描くイラストエッセイを合わせて、文庫化と海外出版含めて2005年から現在で29冊刊行。
2011年から始めた「ゆるイラスト教室」と同年プロデュースと店長をしている「Non café(米子市)」とイラストレーターを毎日のほほんと楽しみながら奮闘しています。
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