気持ちの平熱を保つのは日々の管理の賜物

岩上 喜実

活字が苦手で。本を読む習慣がなくて。というどんなに本が苦手な人でも、小さい頃絵本に触れていない方は少ないと思います。大人になった今でも書店の絵本棚には小さい頃に読んだであろう微かな記憶が色濃く残り、見つけた瞬間に「あ!懐かしい」と思って少し胸がどきどきしてしまいますよね。


人生で最初に出会う本は絵本だった、という方が多いと思います。もしかしたら食いしん坊の方は小さい頃「ぐりとぐら」の大きなパンケーキや「3ひきのくま」のきいろいスープが好きだったのかな、旅が好きな方は「リサとガスパール」の2ひきの旅が好きだったのかな、とその人の魅力を作るひとつなのかなと思っています。

 

私が最初に出会ったのは、まっすぐにこちらを見て両手を後ろにしているオランダのうさぎの絵本、そうミッフィーちゃんでした。作者のことは何も知らずにただ好きなだけでしたが、小学生、中学生、そして大人になった今も好きなのは変わらず、好きには何かの理由があるはずだと『何故好きなのか』を考えるようになりました。

 

絵は見たことがあるという人がほとんどだと思いますが、内容はどうでしょう?

内容はミッフィーという名のうさぎと、お父さんとお母さんが暮らす家での出来事。たまにおじいちゃんやおばあちゃん、おばさんに沢山の友達も出てきて、何かが始まり、読者がイヤな思いをする事もなく何かがちゃんと終わる絵本らしい絵本なのです。

その事件らしい事件もなく、どこの家庭でも当てはまるような定番のお話は、自分の家庭に当てはめることが出来るので、まるで『自分の絵本』のように錯覚してしまうのだと思います。ミッフィーちゃんが自分になり、トコトコと歩いて友達と遊んだり家族と過ごしたり、そんな普通の日々、それが愛される理由の一つなのかもしれません。


絵本のなかでも、現実でも、何か印象的なことを作るのは簡単だと思います。例えば会社やお店を創る、結婚をする、転職をする、どれもが始めるのはタイミングがあればそんなに難しい事ではありませんが、続けることが一番難しく、そのために犠牲にすることもあるし自分が変わらなければいけないこともあります。普通を続ける事はとても難しく平熱を保つのは日々の管理によるものなのです。ミッフィーちゃんの魅力はずっと同じ温度で沢山のシリーズがある中身だとも思います。

 

そして大きな魅力のその画は、「私は(絵本作家ではなく)グラフィックデザイナー」と言っておられた作家のディック・ブルーナさんの手書きの線と思考され尽くした色彩で1955年に生まれたミッフィーちゃんは60年以上も世界中から愛されているのだと思います。描き方を見てみるといきなり描くのではなく、スケッチを描き、それを画用紙の上に載せ鉛筆で強くなぞる。その跡をなぞるようにポスターカラーで描いていきます。よく見ると、完璧ではない線がとても愛おしいです。配色はブルーナ・カラーといわれる6色しか使わず、その色紙を切って画の配色を考えていたそうです。オランダのペーパーバックの装丁をされていたので、極力にそぎ落としながら唯一無二のデザインをする、それが凝縮されたのがミッフィーちゃんの絵本シリーズに繋がるのだと思います。ずっと持っていたい、そんな本を作るってすごく素敵ですよね。

 

変わらないために努力すること、気づかれない事こそこだわること、周りに安心感を与える常に平熱の温度を保つこと、そして普通が幸せだということ、小さい頃に初めて手にした絵本は、私にこんなに大切な教訓を教えてくれたのでした。是非、自分が何の絵本が好きだったのか深く考えてみると今の自分をもっと好きになるかもしれません。

そして私が勝手に『日本のディック・ブルーナ』と思っている「しろくまちゃんのほっとけーき」が有名なこぐまちゃんシリーズも外せません!あのほっとけーきには何か魔法がかかっているのかな、と思う程毎回お腹がすいてきます。書店員の頃に出版社のこぐま社さんに行き、写真を撮って記念品を貰い今でも大切にしている位大好きなんです。

 

そしてミッフィーちゃんを読むときは蜂蜜入りのホットミルクを。

小さい頃おばあちゃんが私にだけ眠れないときに作ってくれたとっておきのドリンクです。

 

岩上 喜実
イラストレーター、イラストエッセイスト
18歳から書籍挿絵、企業キャラクター、CMイラストを描く山陰在住イラストレーター兼イラストエッセイスト。挿絵書籍と自身が描くイラストエッセイを合わせて、文庫化と海外出版含めて2005年から現在で29冊刊行。
2011年から始めた「ゆるイラスト教室」と同年プロデュースと店長をしている「Non café(米子市)」とイラストレーターを毎日のほほんと楽しみながら奮闘しています。
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