⑨プライドが溶ける時

岩上 喜実

私生活で彼氏が出来たり結婚したり、仕事が上手くいき波に乗ってなんだか何でも出来そう!と自分という個体に自信が付いてくる歳になってくるとムクムクと気付かないうちに育ってくる『プライド』という謎の固まりですが、その存在に気付かないまま歳を重ねてしまっているプライドに覆われたままの女性と接することがたまにあります。いい大人の女性というものがプライドが全くないというのも問題ですが、ありすぎるのも何とも面倒で大変なものなのです。

かくいう私も以前はプライドというものを高く持っていた時期があり、今思えば恥ずかしいほどの自分よがりの考え方や周りへの厳しい対応をしていたような気がします。イラストの仕事で書籍の仕事が一気に何冊も依頼があった年が20歳中盤であり、昼は書店員として働き休憩時間にラフを描き、夜はそのラフを元にイラストを仕上げ夜中にFAXし、朝会社に行く前にその直しを確認し休憩時間に直しのラフをあげる、という繰り返しを1年以上繰り返しそれこそ不眠不休の忙しさを体験しました。その時私の中で心の余裕というものが無くなっていき『私は周りの誰よりも仕事を頑張っている』という自信とプライドがぐんぐんと育っていったのです。

仕事を頑張る事は悪いことではないですしあの時無我夢中で頑張る事を経験した事が、今の自分に繋がっている事は分かるのですが、それは周りの人と比べるものでは無いですし自信という名のプライドは自分を肯定するもの!という間違った認識しか出来なくなってくるのです。

プライドが大きく育った当時の私は休みがない日が続き同僚や友人の遊びの誘いを断っていたのですが、どこかで「そんな休みなんかないよ」「時間の余裕があったら寝ていたい」「自由な時間が欲しい」「寝る時間をお金で買えたらいいのに」という少し色んな事を斜めに見る癖が出来てしまい、忙しい日々が少し落ち着いた時にもそれを引きずり誘われても未定の仕事の量を想像し、「今のうちに身体を休めないと。だって私忙しいんだから!」といったまだ来てもいない依頼で自分の忙しさを自分で信じ肯定し続けていたのです。

そんなプライドは仕事のメールのやり取りでも染み出てくるようになり、「どうして自分の思い通りにいかないの!こんなに描いているのに!」と自分以外の担当編集者の方やライターの方、デザインをしてくれる方の事を敬う気持ちが薄れてきた事に気付いたとき、やっとそこで自分のプライドが自分の身長より高くなっていることに気付いたのです。

それからは仕事の向き合い方について深く深く考え、最終的にどんな人物になりたいのか、どんなイラストを描いていきたいのか、どんな風に過ごしている女性になりたいのかをより明確にしていくと次第に高かったプライドが恥ずかしいものに代わり、音を立てて氷が溶けていくように小さくなっていったのです。私は死ぬ間際まで好きな人達と笑い合っていたい、あなたと会うと嬉しくなると言われるような人になりたい、お洒落なイラストではなく老若男女にスッと違和感なく心に入っていけるような自分の名前よりイラストを見てワクワクしてもらえるような地域や商業イラストを描きたい、そう明確な理想像が見えてくると、自分の思い通りにいかないスケジュールでプンプン怒ることより理想の私はどういった対応をしたらいいのか、それで自分が損をすることになってしまっても、そんなプライドなんか捨ててしまうかどこかに置いておけば良いのでは無いのかと思ったのです。

プライドはあった方がいいとは思っています。ですが、そんなに大きくなくてもいいとは思っていますし、なにより40歳からの女性は身軽に、気軽に、笑顔で歩いている方がとてつもなく幸せだと思います。そんな素敵な女性が周りに多いので、早く真似して歳を重ねたいなと思っているのです。

岩上 喜実
イラストレーター、イラストエッセイスト
18歳から書籍挿絵、企業キャラクター、CMイラストを描く山陰在住イラストレーター兼イラストエッセイスト。挿絵書籍と自身が描くイラストエッセイを合わせて、文庫化と海外出版含めて2005年から現在で29冊刊行。
2011年から始めた「ゆるイラスト教室」と同年プロデュースと店長をしている「Non café(米子市)」とイラストレーターを毎日のほほんと楽しみながら奮闘しています。
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