もう観たくない、邦画5選

岩上 喜実

内容をよく知らずに見始めたりするとうっかりとんでもない傑作に出会ったりするのが邦画の面白いところなんですが、その逆で観た後ずしんと気持ちが重くなるような、もう二度と観ることはないだろう…と決めている邦画があります。

内容は実在の事件を題材にした作品もあれば、恋愛や宗教をテーマにした映画などがありますが、これだけ「もう観たくない」と思わせる作り手の作戦だとしたら、私はまんまと引っかかっているのだと思います。

「悪人」(2010)主演:妻夫木聡、深津絵里 原作:吉田修一 監督:李相日

取り柄も学歴もない、趣味は車だけという世界を遮断して過ごしてきた男性が出会い系サイトで知り合った女性を殺害してしまい、逃げる道中知り合った女性も巻き込んで逃避行をする…という上面だけのストーリーを簡潔にまとめるとこうなりますが、その中には殺害された女性の首を絞められるキッカケとなる罵倒や、その女性をぞんざいに扱う主人公ではない顔のいい男性、そして一緒に逃げることを提案した寂しい女性、娘を殺されて独自に動き回る父親や、孫が指名手配犯になり詐欺にも遭う哀れな祖母、一つの殺人に色々な想いを持った登場人物が全て間違った方に進んでしまう作品です。

原作本を読み終わった時もこの映画を観終わった時も共通して同じ事が頭に浮かんだのは、本当の悪人とは何だったのかという事でした。

殺人を犯すのはもちろん悪いことには変わりないのですが、女性を山に置き去りにするのも、自首しようとしている男性を阻止し今までの自分から逃げたい願望を乗っからせた女性も、やけになって金切り声で男性を罵倒する言葉も同様に悪いことだとも思っています。特に女性のやけになった時の罵倒は、普段の頭の回転速度より急に速くなり人の心を殺す位の目に見えぬ暴力となっているはずですが、いっときの感情で手をかけてしまった方が100対1で悪人になってしまう。それが何ともやりきれないけれど仕方の無い事というのが息が詰まるようで、すごく面白いのにもう観ないようにしている映画です。

「ヒメアノ~ル」(2015)主演:森田剛、濱田岳 原作:古谷実

何よりこの作品で連続殺人鬼を演じた森田剛が本当に恐ろしくて、この文章をまとめる為に再度観ましたがやっぱり面白いのは分かるけど、もう観たくない映画になりました。前半はダメ人間と呼ばれる暮らしをしている男性達の恋愛をコミカルに描いていて、その部分が思いの外長いので「あれ?こんなお気楽な感じの映画だったっけ?」と勘違いしそうな頃に、タイトル名と曲が流れストーリーが一変します。殺人欲求の塊である殺人鬼が〝面倒だから〟と日常のひとつのように殺人を犯していくところが何とも不気味で、お気楽な部分と不気味な部分がオセロのように白くなったり黒くなったりを行ったり来たりしているのです。そう感じてから、今ある平和な日常は恐ろしい非日常の裏側であり、むしろ表がどちらなのか分からない感覚になるという事でした。嘘をつくことや人を陥れること、それと同じラインに殺人を犯す人がいるというのも分かる作品でした。

最後のシーンはノスタルジーを感じさせる流れになっていましたが、そんなものでは作品の残虐性は拭えないほどの気持ちの悪さが後味に残る映画なんです。

「愛のむきだし」(2008)主演:西島隆弘、満島ひかり 監督:園子温

この監督の作品は好き嫌いがはっきり分かれ世界観がはっきりしていて観ている分には過度な期待をせずに観ることが出来るのですが、この作品は映画館での上映では休憩時間を挟むほど長い3時間強の作品です。その中には変態や宗教団体、女装や懺悔、パンツの盗撮などアングラな空気がぷんぷん漂っていて、追いつくのに必死になってしまうのですが観終わった後は「もう、観なくてもいいかな…」と試合を終えた後のように疲れたのを覚えています。主演の二人はとても可愛いくスピード感も十分あるのにまるで頭に入ってこないのも疲労の原因でしたし、結末も割と混沌としていたので非常に色々な力を要する映画でした。

園子温監督の代表作ともなっていますので、お好きな方にはお勧めしたいけれど私自身はもう観ないと決めている作品の一つです。

「ピースオブケイク」(2015)主演:多部未華子、綾野剛

結論から言うと私は恋愛や仕事やお金にだらしのない人がどうも苦手で、それと同じくらいそんなダメな男性のことを好きになってしまう女性も苦手だと思い出させてくれたラブストーリーです。バイト仲間と浮気し、それによってDV体質の彼氏に振られ、バイトも辞めてしまう主人公の女性は心機一転を考え引っ越しをするのですが、その隣人であり新しいバイト先の店長である男性に恋をしますが、男性には同棲中の女性がいます。もう、この流れだけで苦手な項目が沢山溢れていて主演の二人がいくら可愛らしくても気持ちは入らないし、引っ越しだけで自分が変われると思っているのも根本的に間違っているし、そのわりにギャーギャーとデモデモダッテの攻撃で心底苦手な女性だと分かってから、この映画は好きなキャストばかりですがもう観ないだろう、と思っています。恋愛は素敵だという事は分かっていますが、周囲から見るとこんなにも滑稽な姿なんだとも分かる作品です。

「誰も知らない」(2004)主演:柳楽優弥 監督:是枝裕和

実際に1988年にあった巣鴨子ども置き去り事件を題材にし監督が15年かけて構想した映画ですが、母の失踪後過酷な状況で全員父親の違う4兄妹の長男である主人公は学校にも行かせてもらえず、ただいつ帰ってくるかも分からない母の帰りを待ちながら兄妹の面倒を見、生き延びるのが生活の主になっています。

生活費は度々現金書留で送られては来ますが、お金は大切なのは分かっていますが本当に子ども達が欲しい母との会話や触れる温もりは徐々に生活から消えてしまいゴミの匂いが充満する部屋で暮らすしかない鬱々とした空気は、子ども達には重すぎるのです。

目を背けたくなるような救いの無い画面に時折うつる屈託の無い子どもの笑顔に、長男同様胸が苦しくなります。

子役達には台本を渡さず、撮影の時に指示を出して撮るという手法だったからかは分かりませんが、まるで夜中テレビで放送されているドキュメンタリーを観ているほど自然で、それがとても辛いのです。この映画では何がポイントだったのかと考えると子どもの逞しさでも、母親の毒親っぷりでも、虐待への世間の在り方でもなく、ただ、現実としてある事件を淡々と映像にしただけ、という不気味で悲しい映画なのです。

実在の事件を題材にした映画は他にも「子宮に沈める」(2013)や「葛城事件」(2016)という目を背けたくなる内容のものもありますが、自分たちの暮らす平穏な日常と同じ時間の流れでこういったことも起きているのも事実、と頭では分かっていても、もう観ることはないと思っています。

幸福感や高揚感と同じように生きていると変なセット売りのように絶望感や悲壮感も味わうことが多いです。裏切られたり傷つけられたり、被害者になったり加害者になったり、裏と表を味わって出来る事なら加害者にならない生き方をしたいなと深く思ってしまう、そんな邦画の紹介でした。

興味のある方は是非、観てみて下さいね。

岩上 喜実
イラストレーター、イラストエッセイスト
18歳から書籍挿絵、企業キャラクター、CMイラストを描く山陰在住イラストレーター兼イラストエッセイスト。挿絵書籍と自身が描くイラストエッセイを合わせて、文庫化と海外出版含めて2005年から現在で29冊刊行。
2011年から始めた「ゆるイラスト教室」と同年プロデュースと店長をしている「Non café(米子市)」とイラストレーターを毎日のほほんと楽しみながら奮闘しています。
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