③後ろ向きでいこう

岩上 喜実

いつでも朗らかで笑顔で前向きに仕事も頑張って家事も手抜きせず、主人の事を男性としての存在を確かなものにし続け、まるで魅惑のヴィーナスでいて観音様でもあるという女性がこの世の中に何人いるのかという疑問にぶつかる時があります。

いつだって笑っていたいし、いつだって人を幸せにしたいし、いつだって平和な心で過ごしていたいのは当然ですが、生きていき社会の中で過ごしていると毎日が何かの不都合や不安や不満で溢れて心が壊れていくような感覚になり、そしてその壊れ方の大きさや質も様々なのでどんなに理解がある家族や友人が居ても自分以外には壊れていく様子が分かりにくいのだと思います。そんな時、私は気持ちを切り替えるために『後ろ向きになる』事を気持ちのスイッチにしているのです。

車を運転していたり、お店のレジに並んでいると信じられないくらい当然の様に割り込んで来る人には「どっかにぶつかってしまえ」と念じてしまうことや、あまりにも心ないうわさ話をしている人には「あなたもどこかで同じ事を言われていますよ」とほくそ笑んでしまいますし、自宅で寝ているときに近くの道路で激しい音を出しながらバイクや車の運転をしている人には「タイヤがどっかいってしまえ」と願いますし、ただただ不機嫌なことを人にぶつけて自分の機嫌の悪さをアピールしているような人には呆れてしまい「馬鹿たれか」と腹が立ちます。

とてつもなく前向きで朗らかな人ですと「みんな忙しかったのかな」「嫌なことがあったのかな」と思うのかもしれませんが、人間は後ろ向きになればなるほど色んな人の嫌なところが浮き上がって見えてくるもので普段は笑って許せることも、嫌々フィルターがかかってしまい嫌なことはより嫌な事へ変化していく様な気がします。

そんなフィルターを心と目に常時着けていると、女性としてのおおらかさや優しさなんてものは影を潜めただただ周りの人の嫌なところを探すのが得意な、感じの悪い女性になってしまいます。ですが嫌な感じと距離を置くのではなく、その感じの悪い女性に敢えて自分を近づけることで感じが悪い事自体が恥ずかしくなり悪意の整理を行う事が気持ちの切り替えになるのだと思っています。

すぐ太ったとか老けたとか容姿の変化を言うな、人に年収なんか聞くな、気に入っている服のセンスが悪いとか言うな、ブログやSNSの内容の揚げ足を取るな、もっと視野を広くして言葉のボキャブラリーを増やせ、何でもヤバイで片付けるな、仕事サボるな、お金貰ってする仕事をなめるな。

普段考えないような事まで細かい綿棒で突くイメージでほじくって悪態をついていると、段々と私はそんな事を奥底で思っていたのか…と自分に悲しくなり哀れに思えて気付いた時にはどこかでその悪態は恥ずかしいものになり、まるで雨が降り続いていた灰色の厚い雲が、びゅっと吹いてきた風によって動き陽が差し込んできたように怒りと悲しみの後ろ向きな気分はどこかに去ってしまうのです。

私はいつでも明るく朗らかで平和な女性に憧れています。ですがそれと同じくらい自分の黒い気持ちの部分やそれを悟られないように工夫して過ごし相手がどう思うかをイメージしながら気遣いの出来る女性にも憧れています。

いつも笑顔でいなくたっていいんです。悔しくて悲しくて空しくて布団から出られないほど泣いて過ごす時間も、いつかの笑顔の糧になれば後ろ向きになることが悪いことなんてとうてい思えないのです。

全ての嫌な事は、無理をしないで本当の笑顔で過ごせる日のための切り替えスイッチなのだと思うのです。全ての人に、そう思っています。

岩上 喜実
イラストレーター、イラストエッセイスト
18歳から書籍挿絵、企業キャラクター、CMイラストを描く山陰在住イラストレーター兼イラストエッセイスト。挿絵書籍と自身が描くイラストエッセイを合わせて、文庫化と海外出版含めて2005年から現在で29冊刊行。
2011年から始めた「ゆるイラスト教室」と同年プロデュースと店長をしている「Non café(米子市)」とイラストレーターを毎日のほほんと楽しみながら奮闘しています。
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