逝くひとを想う邦画、3選

岩上 喜実

昨日まで当たり前のように息をして、動いて、笑って、食べていた人が居なくなってしまうという感覚は慣れたくなくても歳を重ねるにつれ慣れてしまうものですが、あの何とも言えない空虚感だけはずっと心に残っています。

一緒に勉強した友人が、愛してくれた祖父母が、沢山一緒に居た愛犬が、何年も前に亡くなっているのにふと側にまだいるような錯覚も何回もあるのです。人が居なくなる、そして亡くなるという事は何なんだろうといつも思いますが、私がもし何かの事情で亡くなってしまっても誰かの記憶に残っていればいい、と大きな病気をしてから感じました。

教科書になるような事をしなくても、ネットで検索しても大した事をしていなくても、思い出せばあの人はいつも笑っていたね、とお墓参りの時に少しだけ思い出してくれればそれでいいとも思えます。その時が来るまで、側に居てくれる人が自分を責めないような生き方をしていきたいと思える邦画です。

 

「青の帰り道」(2018)主演:真野恵里菜 清水くるみ他

タイトルからして青春の群像劇と分かるこの映画は、正直少し見飽きた題材というか光り輝いていた学校生活の卒業後環境が変わり社会と自分の気持ちにズレが出来悩み、衝突して事件があり、結果今を生きるしかない…のようなフワッとした最後で終わるのだろうなと意地悪な目線で観始めました。

今より10年ほど前の2008年に東京近郊の町で高校卒業を迎える7人の男女は3年後それぞれが夢に挫折し、希望を見失い、苦しみながら生き、未来を見ることが苦しくなっていたのです。何かデカイ事がしたいのに出来る事と言えば泥棒や詐欺への荷担、優しいと思っていた運命の男性はDVで結婚詐欺師、リアルと言えばリアルだし光がやたら眩しすぎて目を背けたくなるあの時の気持ちを端っこで感じる映画でした。

何となく思い描いていた夢は必ず叶うものだと信じて疑わなかったあの頃、大人になった今では経験値によってドライになった部分もありましたが叶わないと分かった時の世界の色が変わる時の事を思い出し、あの青かった帰り道は私にはもうないのだと少し寂しさを感じるのでした。

 

「ハナレイ・ベイ」(2018)主演:吉田羊

何となく吉田羊さんが苦手でしたがそれはキャリアウーマンの役柄が多くそこが苦手だっただけで、悲壮感や何かにイライラしている役をしている演技がとても好きなことに最近気付きました。この映画は吉田さんの乾いた悲壮感と忘れてしまいたいけど忘れられない人への愛が出たり隠れたりする演技がものすごく面白い!というスピード感はないもののジワジワと染みこんでくる映画です。

村上春樹さん原作の短編小説だったこの映画は、シングルマザーの主人公の息子がハワイのカウアイ島のハナレイ・ベイでサーフィン中にサメに襲われ命を失ってしまいます。そのまま日本に帰ることが出来ず息子が命を落とした海岸で本を読みひとりの時間を過ごし、そして日本に帰り葬儀を行ってからも何となく毎年命日には同じ海岸に行って過ごす事になっていた。それは弔いや悲しみではなく、ただ居るという事で現地の人とつかず離れずの距離で関わっていたり、日本から来た死んだときの息子と同じ年齢くらいの男の子と話す…という大きな事件もないが何故か時間の止まってしまった母親の悲しみが後々になってじわりとくる作品です。自然は美しくて癒されるけれど、その反面恐怖にもなる、その言葉が自然豊かなハワイの島の景色で伝わる映画です。

 

「四月の永い夢」(2018)主演:朝倉あき 三浦貴大

中学の音楽教師を辞めて3年経つ27歳の女性が蕎麦屋さんでバイトをしながら亡くなった恋人を想い、時が止まったように暮らす日常から時が再び動くまでをしっとりと観る作品です。テーマは重いものですが、近しい人が亡くなっても日常は続くもので主人公の女性もそれは分かっているのに何か小さな棘が心に刺さったままで一歩踏み出せないのです。

何だか近所にありそうなお蕎麦屋さんや、レトロなアパートに銭湯、純喫茶や手ぬぐい工場で働く男性など、何気ない空気感が亡くなった人への喪失感をより感じそして次に進まなければと動き出す朝倉あきさんの表情と、亡くなった恋人のお母さんとの会話で、人生は何かを獲得するものではなく何かを失いながら自分が何者かを知っていく、という日本の少し古い短編小説を読んでいるような映画でした。

きっと私が男性だったらこのような女性と恋してみたいと思わせる色んなパターンの笑顔や、見ていたくなる浴衣姿、きちんとした言葉遣い、オープニングの桜舞う下での喪服姿の様子から、やっと季節が変わろうとしている心情に、じんわりと染みる地味ですが面白い映画でした。

 

岩上 喜実
イラストレーター、イラストエッセイスト
18歳から書籍挿絵、企業キャラクター、CMイラストを描く山陰在住イラストレーター兼イラストエッセイスト。挿絵書籍と自身が描くイラストエッセイを合わせて、文庫化と海外出版含めて2005年から現在で29冊刊行。
2011年から始めた「ゆるイラスト教室」と同年プロデュースと店長をしている「Non café(米子市)」とイラストレーターを毎日のほほんと楽しみながら奮闘しています。
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